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厨房思案 第三話

「ごひいき」のすすめ。

昔、一度だけ父がひいきにしていたうなぎ屋に連れて行ってもらったことがある。
もうずいぶん前のことなのでよく覚えていないが、当時、子供には縁もゆかりもない「うなぎ」。
常連だったらしく、父は座ると店の人と世間話をし、「いこい」を吸い、退屈そうにしている僕にジュースを頼んだ。 しばらくすると目の前にスウーッと黒塗りの二段重ねが出てきた。
帰る時、何度もおじぎをする店の人達を見て、父のことをカッコイイと思った記憶がよみがえる。

自分もすいぶんと大人になって、段々と「ひいき」の場を見つけようと思ったことがあり、 タバコは家の近所の背中に大きなコブのあるおばあさん(もうお亡くなりになった)の所、 床屋は20年以上も同じかすれ声のご主人の店に行き、 「きんつば」は浅草の千束まで必ず買いに行っている。 別に何度もおじぎはしてくれないが、何となく会釈1つでも気持ちが通っているような気がする。
いきあたりばったりに買うことだってもちろんあるが全部ではない。
”ここ1番の時はあそこに行こう”という場は必ず育てておいた方がいいと思っている。

お金は全部をカバーする、いや、これが全部ではない。
「ひいき」になるってことは、要はアイデンティティーの問題なのだ。
自分を○○さんと名前で呼び、近況に喜怒哀楽を共有してくれる。
何より自分の好みを覚えていてくれること、こんなステキなことはないと思っている。

                                      …… つづく ……
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