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厨房思案 第十話

「ご縁」

よくお客さんから「なぜ淡路島の肉を?」とか「淡路島のご出身?」などどご質問があって、
そういう時に限って忙しく、なかなか詳しくご説明できず申し訳ないことと思っている。

お客さんの中には、本当に兵庫県からみえて、
「わしは淡路島の○○出身です」とか云われて、
いきなり手を差し出して、僕の肩を抱きしめようとする方もいらしたが、
あいにく両手に肉を持っていて、それを急いで二階に運ばなくてはいけないとか、
何ともタイミングが合わず、
その場で「あのう、実は僕は東京の生まれで……」なんていえるヒマというか
チャンスを失ってしまうことがたびたびあって、
後でその方にキチンとお話をしようと思っていたのだが、
気がついた時にはもうすでにお帰りになった後であった、などということもあり、
それでこの際、かいつまんでご説明をさせて頂く。

僕は、淡路島の出身でもなく、
淡路島に親類もなく、
また特段淡路島に興味や知識があった訳でもない。
しかし、ひょんな事から(このひょんな事はロングストーリーになるので省略させて頂く)
淡路島で牧場を経営するオーナーと知り合い、この人の育てる牛の肉に僕と弟はノックダウンしてしまったのである。

肉がうまいのです。この人の。

しかし、当店は淡路牛一辺倒でもない。
各産地の黒毛銘柄牛を各部位別にカットで少しづつ買っている。
鹿児島、宮崎、島根、三重、近江、岩手、宮城……。
時折り、松坂牛などもふんぱつして買う。
これら銘柄牛と同じく肩を並べて淡路島の彼の牛肉は、底の深い味と品格が共通している。

まぁ、しかし、これまではほとんどの方が「淡路牛」なんぞ知らないということで、 東京はおろか、地方へ行ってもどなたもご存じない無名の肉であったと思うし、
今も知らない方がほとんどであるといっていいだろう。
この誰も知らない淡路牛を、皆さんに「おいしい!」と喜んで頂くのが、 これまたなんというか、気難しい僕の気質に合っているようだ。

厨房で弟と二人、鹿児島のバラとか、三重のウデ、あるいは近江の肩ロース、締めくくりに淡路のとも三角でどうだ、 などどと話しているが、これが何とも楽しい。

余談であるが、本店の僕と新館のやんちゃな弟は東京の生まれであるが、淡路島の牧場主を初め、 各産地の銘柄牛とこうして知り合えたのは、実は「牛」が取り持つ「ご縁」だったのかも知れない。

                                      …… つづく ……


於、台東区山谷堀公園の櫻の木の下で。
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