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厨房思案 第十一話
「テレパシー」
厨房で仕事をしている時に、ふとお客さんの名前や顔が浮かぶことが、時々ある。
仕込みなどの時は集中している筈なのに、なせかポッと頭に浮かんでくる。
そういえば、そのお客さんは近頃みかけないな、とか、
多分仕事かなんかでお忙しいのかな、などと思っていると
その後でそのご本人から電話がかかってくることがある。
「あぁ、どうもマスター?○○ですよ、お久しぶり。来週の何曜日、空いてますぅ?」
コレ、びっくりする。
この間も、しばらくおいでにならないお客さんがいて、どうしているかな、などと、
ミーティング中の空いた時間にポッと浮かんだ。
病院の先生で、口が重く、気難しい顔に威風堂々とした雰囲気のある方で、
その辺りが、実は僕は好きなのである。
ご年配だし、おそらく肉などは控えておいでかも知れないと思っていたら、
その日の夕方にフラリと玄関に立って
「席、ある?」ときたのでびっくりしたが、むしろ、ナイスサプライズでもあった。
「あ、先生、いらっしゃいませ。」と返事したら、うれしそうに笑ってくださった。
古い表現で恐縮であるが、「テレパシー」というか、通ずる気持ちは「不思議なこと」である。
先方が肉を食べたくて、「念」を送ってくださったのか、
僕がポッと思って「テレパシー」を送ったのかよくわからないが、僕にはこういうことがよくある。
先日の日曜の夜に食事をしていたら、家内の母が亡くなったと実家から連絡が入った。
その電話は僕が取って聞いていたが、口の中にトンカツが入っていて、突然の訃報に驚いて、
噛むのを止めて、右の頬にトンカツを押しやり、なんとか返事をした。
雰囲気が重くなり。背中に皆の視線が集まっている。
電話を切り、家内に何て云おうかグルグルと頭の中を返答が駆け巡っている。
振り向いて、家内の顔を見ずに目を伏せて、開口一番「落ち着いて聞いてくれ」とだけ云うと
大きくため息が出て、「母さん?」と家内が聞いた。
実家に向かう車中で、義母のことをボンヤリ考えていた。
享年85歳の家内の母は目も悪く、糖尿も悪化していたらしく、好きな散歩もできなくなっていた。
しかし、今日、明日の命でもなかったご様子と聞いていたので、
何の前触れもなく亡くなられたのは残念であった。
せめて「虫の知らせ」でもあれば、
息を引き取る前に顔をみせてあげたかった。
僕の父が亡くなる2〜3日前に、父は長男の僕と弟を食堂に呼び、聞いたことのない昔の話をしたことがあった。
深夜3時位に話のキリがついて眠ったのだが、
翌々日だったと思う。
脳溢血でアッという間に帰らぬ人となった。
今考えれば、きっとその夜が父と僕らの最後の食卓であったと思い出した。
義母の葬儀の後、家内が形見分けに頂いた箱の中に、 家内と姉妹、義母の楽しそうな写真を見つけた。
店がBSE(狂牛病)騒動ですったもんだしていた頃だったと思う。 何をどう思ったのか、その時、僕が家内に旅行をプレゼントしたらしい。 そうだ、思い出した。
温泉につかり、母を囲み、水いらずで楽しそうにしている。
写真は、今となっては思い出以上の形見である。
その時に僕が今日の「今」を見越したのかどうかは怪しいが、
なんとも妙な気持ちと安堵の気持ちが入り混じっている。
合掌
於、所沢航空公園の天空を
まるで竜にように駆ける飛行機雲を見上げながら……。
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