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厨房思案 第十七話


「創業は路地裏からお腹を空かせて始めましょう」

毎晩ラストオーダーが入るとそろそろ我々の「まかない」も一緒に仕込んでおく。

ぐずぐずしていると従業員の空腹もピークに達するし、かと云ってお客さんのオーダーを優先で造るので、ついつい我々のメシは後回しになってしまうこともしょっちゅうなのだが、
お米が売りきれたりした時などは、冷麺を食べたり、
忙しい時などは、うどんを煮てさっとすませてしまうこともある。
だいたい土曜の夜は仕事の後に切り落としの肉をサッと炒めてごはんの上にかけて牛丼にする。

あれはいつだったか、従業員のバースディに「おまえ、何が望みだえ?」と聞いたら
「あ、鮨なんか……、スイマセン……」と云うので、
”こんな夜中の丑三つ時(おおむね深夜2時位)に一体どこで?”と思ったが
とにかく仕事を終えて、車に乗り、24時間やっている店にみんなで行った。

普段自分達で造る店のまかないもいいが、たまには従業員と一緒に外食もいいじゃないか、
と思って入ると、とてつもなく大きな店で、最高に騒がしい店内に圧倒されてしまった。
働いている人達も、なんか声はやけに大声だがいくぶん疲れているようにも見える。
見廻すと、お客さん方も、飲むわけでもなく、食べるといった風でもない。
終わりのない話に手をたたき、奇声を張り上げタバコを山のように吸っていた。
テーブルの上には乾いてしまったマグロの赤身が皿にくっついているし、

やれやれ……、まいったねぇ。

我々はお腹も空いているし、こんな夜中の丑三つ時に人が造ってくれたメシを頂けるんだからと自分に言い聞かせているが、出て来た「お鮨」の盛り合わせは、立派な塗り物の器にごはんつぶがくっ付いた、ちょっと情けないシロモノだった。

でもねぇ、仕方ないわさ。
お店も広すぎるし、おやじさん、というか店主がいるような所でもなし、無理もない。
あるもんだ、こういうことは。

しばらく座っていたが、あまりにもにぎやかなので店を出てしまった。
今のこういう時代には、こういう店も必要なのだろうが、
あと何十年もしたら、もう、こういう大型店よりも、むしろ今時の若い人達が、
もう少しこじんまりとした所でいいから、
とてもおいしくて、シェフも気力に満ちていて、一つの事を専門として店を造ってもらいたい。

自分の思った通りにやればいい。
自分のやっている事が途中でブレていたら、なぁに、元に戻せばいい。
お鮨でもトンカツでも、何でもいい。
食べ物だけでなく、若い人達が小さい店舗から始めて、美容師やデザイナーでもいいし、
職人さんなら、あちこちから注文が来るようなことを目指してもらいたい。
そして少しウルサイがいい仕事をするおやじさんか、目はしの利くおかみさんになってほしい。

なぜか、あのにぎやかなビアーホールともお鮨屋さんとも思えない所で、黙々と鮨をほおばるコウジ達の顔を見ながら、つい、そんなことを考えてしまったのですよ。

僕が歳をとってヨボヨボのおじいさんになっても、
今時の若い人達が造ったファッションやデザインや文化や食物など、彼等が創造した仕事をこの目で見てみたい。
しかし、彼等に負けるのはいやだから、体を鍛えて、その時になってジャマ者扱いされないように、今から心構えをしているのであります。
於、自宅
久し振りに実家に帰ってきたクロス内装職人(見習い)の息子の寝顔をみる。
おれも頑張るからおまえも貫けよ、とつぶやく……。


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