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大阪で「焼肉の見習い」として厨房に入った時、僕は「焼肉の巨人達」と出会った。
当時(昭和49年頃)厨房の板前・調理師は今みたいにメジャーじゃないからね。影の存在。誰も知らない。
お客さんは料理は褒めても板前は誰かわからない。
店のオーナーは「経営者」であり、包丁はさわる人はいなかった。
「オーナーシェフ」なんて少ない時代。だから、板前はどこまでいってもやはり板前。
そんな時代だったから、「職人」が店を辞めると味も変わったんですよ。
『タレ』
これね、全部捨てちゃう。
店を辞める時に味を盗まれないように、仕込みも隠れて作ってた。命ですからねぇ、職人さんの。
『付けダレ』、焼いた肉をつけて食べるあのタレ。当時の大阪はこれにこだわってた。
みんなウマイ!レベルが高いんですよ。向こうは。
(大阪にいてよかったと思う。今も目に焼きついてるから。)
だから東京に来た時、付けダレがひどいもんだった。
テーブルの上にいつも置いてあるの。
横で炭やらガスでガンガン肉焼いてるのに、付けダレの入れ物がそのまま置いてある。
信じられないですよ、これ。
付けダレは生モノ。足がはやい。
だから当時の大阪では冷蔵庫から出して器に注ぐとすぐまた冷蔵庫にしまっちゃうんです。
僕の兄貴もよく言ってるけど。「焼肉は仕入れとタレは命」。
これだけは柱みたいなものなんですよ。焼肉のね。
世の中に「もし……」というきっかけはたくさんあるけれど、
当時、”もし大阪に行かなかったらあの「焼肉の巨人達」との出会いもなかったなぁ……”
と、つくづく思いますねぇ。
大阪の西成にある焼肉屋さん(今でもある)。
自分の人生を変えるような思い出。僕が出会った焼肉の巨人達。
次回はそのお話を……。
…… つづく ……
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