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高校中退から始まった僕の板前修行。
学校に行くのがいやで、ろくに家にも帰らず友達とつるんでいた頃に、焼肉の板前になるという先輩を頼りに大阪のあちこちで働いていましたね。仕事が辛いとは思いませんでしたよ。楽しかった。
酒も飲んだし、ハチャメチャもやった。いい思い出ですよ。
西成にいた頃は住み込みで焼肉の見習いをしてました。
店の近所にはヤクザの人とか日雇いの労働者のおじさんとかがいっぱいいて、最初の頃は気が抜けない日々で、(見習いで)包丁が触れないから出前なんかもやりましたね。
店内でヤクザの人同士の揉め事もしょっちゅうで店のママさんがとても気を使ってくれましたね。
店のマスターもコワモテの感じでしたがとても仕事熱心でした。
僕達を君付けで呼び、変に馴れ馴れしくもなく、男の仕事場ってムードがありました。
当時大阪の焼肉屋さんは「タレ」を非常に大切にしてましたよ。
見習いの僕が、これ「命」なんだなって思いましたから。
絶対人に見せないし、隠れて造る。まさに秘中のタレなんです。
そのレシピ、とうとう習得できませんでしたね。
このお店、まだ西成にあります。ご主人の白髪が時代の流れを感じます。
あまり良い治安ではなかったですが、段々と慣れてくると不思議に仕事に熱中してくるんですから面白いですね、人間って。
あの頃のご主人とおかみさん、「この焼肉で生きていくんや」という、なんかこう気構えのようなものがありましたね。
僕の焼肉修行で出会った最初の巨人であるかなって思っています。
次回は大池橋(大阪)で出会った「凄腕チーフ」のこと、お話したいと思います。
…… つづく ……
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