厨房思案 第101話 「大将の仕事は平常心」

浜松町駅周辺の再開発は始まったばかりで、この先2025年頃には見違えるようになるらしいが、 東京のあちこちで再開発は行っているからまあそれ程珍しくない。 まだ充分に使えるビルなのにぶっ壊しては建てるを繰り返しているんだから東京は金のかかる街だね。

いつだったか新しいビルにテナントとして来ないかと誘われたが、やんわり断った。 屏風と食い物屋は広げると倒れると聞いたことがあるから昔の人は上手いこと言うなと思って、倒れるのは困るからその格言を頑なに信じて店は広げていない。 広げても倒れない店は沢山あるが、まあそれはポリシーの違いだし僕は心配しょうだからな。

広げない理由は他にもあって、まず所帯が大きくなると途中で業績が悪化したら当初のスローガンやポリシー、モットーを曲げなくちゃいけない。 大所帯を食わすのに何がなんでもゼニを稼がなくてはならない。 また、ことによったら社員のクビを平気で切らなくちゃいけない。 そういうことまでして会社を残す理由がよく分からなくなることもある。 まあつぶれる時は情熱を失う時だから何をしてもおしまいの時である。

次に、広げたことにより店が左前になると社長たる僕は厨房にいるよりも銀行に行く用事が増えるかもしれない。 顧問の税理士の先生は日本の小さい会社の社長の主な仕事は《金策》ですといつだったか言っておられたが、まな板を前にして、金策を考える余り心ここにあらずではあまりにも情けない。情けないが仕方ない時もある。


それじゃ上手いものが作れるわけがないな。料理人は心配事やイライラがあると料理に出るんだ。隠し事が出来ないの。


だから大将の仕事は平常心なんだろうな。難しいんだよ、これは。 まあうちは小さいが丁度いいよ。最近は敏捷性に欠けるがまだまだ頑張るよ。


本店厨房にて