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厨房思案 第七話

「今年密かに思うこと」

最近はすいぶん遠方からご来店いただくお客様が増えて、真にありがたく恐縮している。

わざわざ列車や船飛行機などで、東京に来たついでにしても、 寄っていただくということは期待にお答えできるか不安になることもないわけでもない。

おいでになる方もインターネットや雑誌などでご覧になって一度は行ってみたいとお思いになってもなかなか忙しく、 ずるずると日にちが過ぎて、その内、忘れてしまう場合があるのに、 何がなんでも行こうとお思いになる方がおられるということは、 ”これはすごいエネルギーである”と僕なんぞは思うわけです。
そのすごいエネルギーと期待感、何が出てくるんだろう(焼肉ですが)というエネルギーが、 その方のオーラと合いまってご来店となるわけであるから、 これはもうすごい「気」が一緒になって来るわけです。 そうすると自然に僕もその気に吸い込まれて、バチーンとスイッチが入ってしまうわけで、 体中に段々とアドレナリンがかけめぐり、「気」が宿ってしまうのである。
いわゆる「臨戦状態」と云ってもいい。

そんでもって中には、イザご来店となって、店は古いし、掃除はしてあるがあまり綺麗でもない。
おまけにすごい煙とせまい店内に、お客様も唖然となさる……、わけです。
「こ、ここー!ここに座れっていうのー?」と、女性のお客様からも云われるが、 そんな感じで靴を脱いで座ぶとんの上にお座りになる。 期待感も吹っ飛び、「ダイジョブかぁ、ここ?!」って感じでまゆをひそめておいでになる方も少なくない。 特に初めての方は良くご存知ないから不安もよぎる。 中には「ヘンなもの出したらぶった斬るぞ」って感じで僕を見ておいでになる。

こうなるともう僕もお客さんもアドレナリンが働いて身体中をかけめぐる。
「さぁ、肉をお出しなさい!」っていう雰囲気である。
「お出しします。」どうぞ、ぞんぶんに召し上がって頂こうじゃないですか。
もう、僕なんかは10回戦のゴングを聞いたボクサーと同じ心境だ。 頭の中はほぼ肉以外にない訳です。

そうこうする内に、お肉を焼いて食べ始めるとギラギラしていた雰囲気が少しゆるみ、時たま聞こえる笑い声。 ごきげんになった声を聞いて胸をホッとなでおろし、 帰り際に「ゴチソウサマ」と聞いた時には、ボコボコにやられても最後まで立っていたボクサーの心境と同じ位の気持で 「僕は立っていたぞ」って思う訳です。

このように、いちいち体中をかけめぐる”アドレナリンのような気持ち”は非常に疲れる。 (かと云っていやなもんでもないが……)
これはもう性格だから仕方ないと思っているが、今年はもう少し肩の力を抜いて「肉」と向き合い、 そしてもっとeasyに「お客さん」と接しようかな、と密かに思っている。
いつしか「達人」のように、いや「神」に少しでも近づこうとは思っていないが、 「人間」って何年やってもうまくいかないものだな、と恥ずかしながら考えているわけです。


                                      …… つづく ……
於、台東区上野公園 預かり犬「ポン太」と散歩途中にて


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