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厨房思案 第三十六話


「自分が本当に望んだこと」

今から12年程前に店を開業した頃というのは、今のような本格の焼肉というものではなく、
少しまとまりのない、何と云うか、居酒屋でもなく焼肉屋でもなくて、無国籍に近い、まぁ要は訳の分からない店であった。
料理が好きだったし、お客様に要望があれば何でも造っていたが、ポリシーとかモットーなどというものはなくて、一体何の店か自分でもよく分からなかったのだ。 そんな調子であるから、何ら人を感動させてよろこんで頂くという風にはゆかなかったし、 お客様は僕の造った料理をつまみに相当に酔って、中にはグデングデンのヘベレケの酔いどれ天使も少なくなかった。
であるから、毎夜、厨房に入るたびに息が詰まりそうな日々を送っていたのである。

注文すれば酒が出て、料理が出る。
その当時のくにもとには何の感動もなく、ストーリーもない。
ただ僕は義務感のかたまりのようになって、ひたすら働くことに専念して、
「ああ、おれは面白くない」を心の中でくり返していたように思う。
こんな日々を送っていたら、その内に相当のオジンになって、顔もゾンビのようになり、きっと頭もボケてただ生きているだけのサイボーグになってしまう。
もうこんなことは止めてしまおう。
食べてゆくなら何をしても女房と子供は喰わしてゆける。などと真剣に思っていた。
同時に、何故こんな風になってしまったのか、今になって回想すれば思い当たるふしもあるが、なにせ当時はそんなことを考えても答えなど見あたらない。ただやみくもに進み、働けば先が見えてくるような気がしただけだ。

そんなことをくり返す内に、自分の心の中の本当に憧れる何かを自問する日々というか、時間が過ぎてゆき、 自分は「本物」というものに憧れた。
「本物」、つまり信用における唯一の物、人、何でも。
例えば素材ひとつとっても、牛肉であるならば最高の肉。
誰もが認めてくれる、おいしと本当に心から満足できる本物の味というものに少しづつ関心を持ったし、 お客様から、「こういう時はくにもとへ行け。」というような信用のかたまりのような男になりたいと思っていたのである。
ところがそういう苦悩の時期がずいぶんあって、何かの時に「あっ」と思い立つことがあって、
自分という人間はお客様からそういう信用というものがなかったのではないか。
焼肉とも居酒屋とも区別のない当時のくにもとで「ああ、おれは面白くない」をくり返していた自分にどれほどの信用があったというのだ。
いや、これは大変な思い違いをしたものだ。
自分自身が感動もないのに、人様に感動をして頂くなんて飛んでもない。
もうこうなっては自分の進むべき道はひとつしかない。

弟の助言もあって、僕は本格の焼肉をやろうと決めたのである。
モヤモヤとした形のない自分の未来に、自分の感だけを頼りに、
店がつぶれてもかまうものか、おれは牛肉しかやらない、 と熱い気のようなものが体から出てくるような気がした。

今もこうして焼肉をやって、弟とあいも変わらずああでもないこうでもないの日々を過ごしているが、 自分達が今やっていることは、何かこう、心がわくわくして心底楽しめるようなことにしている。 その気持ちはきっと人に伝わるし、時に感動も覚えるだろう。
厨房に入る時は、魚が水を得た時のようにいきいきとして目を輝かせ、充分に息をする。
この瞬間は、自分が本当に望んだことなのでそれが叶ってとてもうれしい。
於、本店・厨房
<あとがき>
なんやかんやとふりかえれば試行錯誤の人生だけど、今の自分に感動をしている。
おそらくこの先も、すったもんだの人生かも知れないがなんとか生きてゆけるだろう。
自分の弟をほめるのは実にみっともないが、
あいつのガツンがなければ今の僕はないかも知れない。

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